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福島地方裁判所 昭和22年(ワ)76号 判決

原告

渡辺亮一

被告

被告

福島縣農地委員会

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告國が別紙物件目録記載の農地を福島縣信夫郡松川町農地委員会の買收計画に基いて訴外〓治ヨシから買收した行爲は無効であることを確認する。被告福島縣農地委員は、原告に対し、昭和二十二年十月十日附裁決第一〇一七号訴願裁決書に基く別紙物件目録記載の農地に関する同被告の裁決の取消をし、且つ、右農地について松川町農地委員会の定めた賣渡計画の取消をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

(一)  別紙物件目録記載の農地は、信夫郡松川町字杉内三十二番の三田十八歩、同字右合前百四十七番田六畝二十歩計二筆とともに原告先代長五郞の所有であつたが、長五郞は、大正八年九月十五日ごろ訴外〓治ヨシの先代亡伊藏から金二千圓を利息年一割の割合で借り受けその担保として右農地を伊藏に賣り渡し、その所有権移轉登記を経由した。右担保は、いわゆる賣渡抵当で長五郞において元利金の支拂をするときは、直ちに同人に所有権を移轉する約束であつた。その後、伊藏竝びに長五郞は死亡しヨシ竝びに原告がそれぞれ家督相続をして現在に至つた。

(二)  昭和二十年十一月七日右約旨に基いてヨシと原告との間に、原告は元利金五千圓をヨシに支拂い、ヨシは右農地の登記簿上の所有名義を即時原告に移轉する旨の契約が成立した(契約成立当時金二千圓、同年十二月十五日金三千園各支拂)。從つて、右十一月七日限り前記賣渡抵当権は消滅し、右農地は完全に原告の所有となつたので、その所有権移轉登記の申請をしたところ、登記官吏は、当時施行の臨時農地等管理令第七條の二に基き地方長官の許可証を必要とするといい、所有権移轉登記はできなかつた。

(三)  原告は、右名義変更を焦慮したが、当時は終戰後の混乱時代であり次いで農地調整法の改正となり、やむなく翌二十一年初頭正式の許可申請書を松川町農地委員会に提出し、同会書記〓治正三は、同年三月二十九日松農三三号を以て右書類を縣当局に送付したが、右申請については今日に至るまで何等の裁決もない。

(四)  ところが、別紙物件目録記載の三筆の農地及び同所三十二番の三田十八歩は訴外渡辺平藏が賃借していたが、同人から轉借していた訴外菅野要助、杉内留重は原告の所有権を爭つたので、原告は、福島地方裁判所に小作調停の申立をし、昭和二十一年(セ)第二〇三号小作地引渡調停事件として係属中昭和二十一年五月二十三日左記趣旨の調停成立し、同月二十七日認可決定があつた。

(1)  要助、留重は、ヨシと原告間に昭和二十年十一月中原告が元利金を支拂い完全に右農地の所有権を囘復し、原告のために所有権移轉登記手続をする契約(調停條項には「賣渡シタル旨ノ再賣買ノ予約ニ基ク契約」と表示)が成立したことを承認する。

(2)  ヨシ及び原告は、右農地四筆のうち中央部分の一反五畝十歩を要助において、東側の部分一反五畝十歩を留重において、それぞれ訴外平藏から轉借したことを認め、右農地の所有権移轉登記前においてはヨシから、爾後においては原告から、引き続き從來通りの契約條件を以て直接これを要助、留重に賃貸することを約諾する。

(3)  要助、留重の両名は、原告に対し西側部分の一反五畝十歩を昭和二十一年十二月末日限り返還すること。

(4)  平藏は、以上の契約を承認し、何等の異議のないこと。

(5)  右各一反五畝十歩の土地の境界は、遅滯なく原告、要助、留重において調停委員立会の下に現地において確定すること。

(五)  右調停に基いて原告は、右境界を確定し、西側部分の一反五畝十歩の引渡を受け、その部分は原告が現在耕作中である。

(六)  原告は、調停成立後、直ちに所有権移轉登記手続をしようとし、昭和二十一年七月ごろ更に松川町農地委員会経由福島縣知事に対し所定の許可申請書を提出し、しばしばその督促をしたが、右委員会は、縣農地委員会においては新委員の構成する委員会が成立するに至るまでは事務運営停止中であると称し、右申請書を放置していた模様であつた。翌二十二年一月中原告が更に松川町農地委員会で調査したころは、右申請書は、同委員会の故意又は過失によつてその行方が不明となつたもののようで、同年十月八日縣農地委員会がこれを調査したが、その所在は不明とのことである。

(七)  しかるに、松川町農地委員会は別紙物件目録記載の農地をいわゆる不在地主である〓治ヨシの所有として昭和二十二年五月三十一日買收計画を公告し、この旨を同人に通知したので、そのころ同人の夫〓治住治はヨシ及び原告の代理人として同委員会に対し右農地は原告所有のものであるから、買收計画から消除するように口頭で異議申立をしたが、同委員会は書面による申立をしなければならないことなどを指示することなく、右申立は書面による申立でなかつたからとて受理の手続をとらず、遂に異議申立権の正当な行使を不可能にした。原告も住治からその旨事後報告を受けたありさまで、遂に書面による異議申立の機会を失つた。

(八)  その後同年十一月二日被告國は買收令書をヨシに交付したので、該農地は形式的に政府の所有に帰したのである。

(九)  同年七月十六日松川町農地委員会は、右農地を要助、留重及び原告の三名に各一反五畝十歩の割合に分割賣り渡す旨の賣渡計画を公告したので、原告は同月二十三日右計画は原告の所有権を無視した違法なものであるから、これを取消すように調停調書の謄本をそえて異議の申立をしたところ、同年八月八日同委員会は、(一)右異議申立は、自作農創設特別措置法の主旨にそわず、(二)昭和二十一年五月二十三日成立した調停の効力を認めがたいとの理由で却下の決定をした。

(十)  よつて、原告は更に同月十六日被告福島縣農地委員会に対し、右農地は賣渡抵当によつて登記簿上〓治ヨシの所有名議になつているが、昭和二十年十一月七日右抵当権は消滅して原告の所有になつたので、原告のために所有権移轉登記の手続をとろうとして数次にわたり同町農地委員会に許可申請をしたが、同委員会は漫然これを放置し、且つ耕作者である要助、留量も原告の所有であることを承認する旨の調停が成立しており、これは確定判決の効力を有するにかかわらず、同委員会は徒らに登記簿上の名義に拘泥し、原告が眞正の所有者であることを無視したがために、同人等の買受の申込を許容して、かかる賣渡計画を定めたものであるから、右計画は不当であるとの理由で、これを取り消すように訴願したが、被告農地委員会は、該農地の小作人は要助、留重であることを原告が自認していること、所有権移轉に対する農地調整法上の許可がなかつたこと、買收計画公告縦覧期間中に異議の申立がなかつたため、既に國の所有に帰し、自作農創設特別措置法第十二條に基き原告の権利が消滅したこと、又賣渡の相手方は同法第十六條により適法であることなどの理由で、同年十月十日附第一〇一七号裁決書に基き訴願を棄却し、原告は同月二十八日に同月二十七日附松川町農地委員会松農乙四五号の送付を受けて、右棄却の事実を知つたのである。

(十一)  しかるに、如上被告國の農地買收及び松川町農地委員会の賣渡計画は左のような違法を無視して行われたものである。

(1)  原告の別紙物件目録記載の農地に対する所有権は、單に賣渡担当に供したにとどまり、内部的にはかつてその所有権を喪失したことがなく、旦つ、昭和二十年十一月七日の契約以後は完全なもので、眞の所有者でない〓治ヨシが登記簿上所有者として表示されていたにすぎない。即ち、右契約は、所有権自体の得喪でないから、これに対し行政官廳の許可如何により効力が左右されない。仮りに右契約が新たな賣買その他の讓渡処分と解しても、当時施行の臨時農地等管理令第七條の二の規定は、このような契約の締結について許可を得ない者を処罰したにとどまり、該契約自体を無効としたものではない。これは、その後農地調整法第五條(旧法)に「認定ヲ受クルニ非ザレバ其ノ効力ヲ生ゼズ」、同法第四條第三項(現行法)に「許可又ハ承認ヲ受ケズシテ爲シタル行爲ハ其ノ効カヲ生ゼズ」と明記したことに照らし、「点の疑いのないところである。換言すれば、原告が完全な所有者である。そして原告はいわゆる不在地主でもなく、又農業を主業とし、原告(四十三才)、妻チヨノ(四十才)長男愼吾(二十才)、長女ミヨ(二十二才)外六人の子女を有し、別紙物件目録記載の農地のうち、田一反五畝十歩及び畑約七反(自作約五反四畝、小作約一反六畝)を耕作し、農閑期を利用して、副業的に僅少の製綿業を営んでいるにすぎない。原告は、〓治ヨシと通謀し買收を免れる目的で殊更本件農地を取得したものでもない。それにもかかわらず、登記簿上の所有名義人である〓治ヨシを所有者としたことは、自作農創設特別措置法及び日本國憲法第二十九條第一項違反である。

(2)  原告が自己名義に所有権移轉登記手続をするため、所定の申請書等を提出したのにもかかわらず松川町農地委員会竝びに行政官廳である福島縣は故意又は過失に基き今日に至るまでこの裁決を放任しており、從つて名義移轉ができないのは原告の責にあらず、全部当局者の責を負わねばならないのであるにもかかわらず、この点について何等顧慮しないのは違法である。

(3)  自作農創設特別措置法にいわゆる所有とは、登記簿上の所有を指称するものではなく、法律上正当な所有を意味するもので、登記簿上の所有者と眞正な所有者とが異る場合は、登記簿上の記載に拘泥することなく、眞の所有者を以て所有者としなければならないことは、わが國の不動産登記法が公信主義でなく單なる公示主義をとつていること竝びに自作農創設特別措置法の精神に照し明らかであるから、いやしくも口頭又は書面で異議申立があつたときは、これを調査して決定しなければならないのにもかかわらず、当局者が自己の職務過怠を反省することなく、徒らに登記の対抗力のみを主張して何等実質的審査をせず、原告の不服申立を一蹴して買收し、且つ賣渡計画を定めたのは違法である。

よつて、被告國に対しては該買收行為の実質上無効であること明らかであるからその無効確認を、被告福島縣農地委員会に対しては該賣渡計画竝びに訴願棄却の裁決の取消を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述し、被告國の本案前の抗弁を否認し、両被告の答弁事実中、原告の主張に反する部分及び仮定抗弁事実を否認し、立証として、甲第一号証の一乃至四、第二、三号証の各一、二を提出し、証人〓治正三、〓治住治の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第三号証の一を援用した。

被告國訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告の被告國に対する農地買收計画無効確認請求はこれを却下する旨の判決を求め、その理由として、自作農創設特別措置法は農地買收計画について異議のある者に対し、異議訴願の手続による救済の道を開いてあるから、異議のある者は先ずこの手続によつて救済を求め、しかる後初めて訴訟を提起することができるのである。しかるに本訴はこの手続を経ずに直ちに提起されたものであるから、不適法であると陳述し、

両被告訴訟代理人は、本案につき主文同趣旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中

(一)  の点については、原告が長五郞の家督相続をしたこと、伊藏がヨシの父であること、及び五筆の農地がかつて伊藏の所有であつたことは認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。伊藏の実督相続をしたのはヨシではなく、ヨシの夫の住治であるが、ヨシは伊藏が隠居後死亡したので、その遺産相続人として五筆の農地を取得したのである。又五筆の農地については長五郞は一度もその所有権を取得したことがなく、従つて、長五郞がこの農地を賣渡担当することができる筈がない。即ち、

イ  字杉内三十六番イ号田二十九歩、同番ロ号田九畝二十三歩、同字三十二番の一田三反四畝二十歩(以上三筆は本件農地)及び同番の三田十八歩は明治三十七年十二月三十一日賣費によつて訴外朝倉卯八が所有者となり(それ以前は不詳)、大正十一年十二月二十六日賣買により渡辺平藏、昭和二年三月六日賣買により〓治伊藏、昭和七年五月十九日遺産相続により〓治ヨシに順次所有権が移ついてる。

ロ  同字石合前百四七番田五畝二十歩は明治二十六年十二月三日訴外佐藤政治が所有権を保存し同三十二年十二月六日賣買により訴外三浦才兵衛、相続により訴外三浦才吉、相続により訴外三輪〓治、次いで大正十五年六月一日賣買により原告、昭和二年三月七日賣買により〓治伊藏という順序に所有権が移ついてる。但し、この分は〓治ヨシの遺産相続登記は未了である。

(二)の点については、否認する。仮りに原告とヨシとの間に何等かの契約ができたとしても、

イ  原告主張のように昭和二十年十一月七日でなく、同年十二月中である。

ロ  その内容は原告主張のように債務の弁済による担保の解放ではなく、賣買であり、且つ、特に所有権は登記完了によつて初めて移轉することに定めたものである。

(三)の点については、否認する。

(四)、(五)の点については、認める。但し、

イ  渡辺平藏は原告又はその父長五郞から小作したものではなく、初めは朝倉卯八から小作し、次いで自己の所有となつて自作し、次は〓治伊藏、〓治ヨシの所有となるに及んで順次右両名から小作していたものである。

ロ  そして、昭和十年から十六年までは渡辺平藏の外に訴外竹田勇、橋本勝治、杉内美代治、同甚三郞、佐藤健治の五名を加入させて六名で共同耕作していた。もつとも地主に対する借主は平藏であつた。

ハ  次いで、昭和十七年から菅野要助、杉内留が轉借したものである。

ニ  この小作調停は、〓治ヨシと原告とが通謀した不在地主としにの小作地買收免脱の手段として申し立てられたもので、俗に賣逃げと称するものであつたと思う 即ち、〓治ヨシは杉妻村の住人であるから、同人所有のまゝでおけば松川町にある本件農地は買收されるに反し、原告の所有とすれば在村地主となつて買收を免れることになる。しかるに、耕作者であつて調停事件の相手方である菅野要助、杉内留重の両者は無智なる余りこれを排撃し得なかつた。

(六)の点については、否認する。即ち原告から知事に許可申請をした事実はない。

(七)の点については、松川町農地委員会が本件農地を不在地主である〓治ヨシの所有として、昭和二十二年五月三十一日買收計画を公告し、この旨を同人に通知したことは認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。〓治住治は、同農地委員会の職員に対し、座談的に本件買收を不満とする意中を漏らしたことがあるにとどまり、原告主張のように「〓治ヨシ及び原告の代理人として口頭による異議申立」をしたのではない。

(八)については、認める。

(九)、(十)については認める。なお、異議申立却下の決定中の調停の効力認めがたいとは所有権はまだ〓治ヨシにあつて、原告には移つていないとの意味である。

(十一)については(1)(2)(3)とすべて否認する。特に、

(1)については、〓治ヨシから原告に対する本件農地の所有権移轉が、仮りに契約乃至調停によるとしても、所有権は登記と同時に移轉する定めであるから、またこの段階に達しない限り、所有権が原告に移る筈はない。調停條項には、所有権移轉登記を限界として、その前は〓治ヨシがその後は原告が貸主となることを定めてある。なお原告は昭和二十二年三月三日松川町農地委員会に対し本件農地を含む五筆の田地全部について〓治ヨシの所有であることを明記した上自作農創設特別措置法第十七條によつて自己に賣り渡すように買受申込書を提出している。これによつてもこれらの農地が原告の所有でなく〓治ヨシの所有であることがわかる。又原告は綿屋が本業で盛大に営業し農耕は副業にすぎず、原告の父長五郞も蚕物商で農業ではなかつた。

以上によつて明らかなように本件農地は、不在地主〓治ヨシの所有小作地であるから、買收したのであつて、その手続に何等の違法がなく、又松川町農地委員会の定めた賣渡計画にも遺法がないから原告の本訴請求には應じがたいと陳述し、仮定抗弁として、(一)仮りに本件農地が原告の所有であつたとしても、それは少くとも昭和二十年十二月以後であつて、同年十一月二十三日現在は〓治ヨシの所有であつたから本件買收は適法である。(二)原告は所有権の移轉登記を受けていないから、第三者である被告に対抗することができないと陳述し、立証として、乙第一号証の一乃至四、第二号証、第三号証の一、二を提出し、証人菅野要助、杉内留重の各証言を採用し、甲第一号証の一乃至四は不知、眞正に成立したとするならば利益に援用すると答え、爾余の甲号各証の成立を認めた。

理由

先ず、被告國の本案前の抗弁について審案するのに、なるほど自作農創特別措置法には農地買收計画について異議のある者に対し異議及び訴願の救済の道を開いているが、訴訟を提起するには必らず、この手続を経なければならないという規定がないので、本抗弁は理由がない。

よつて、本案について審案するのに、原告が渡辺長五郞の家督相続をしたこと、本件農地及び同所三十二番の三田十八歩について原告主張のような小作調停が成立し、同調停に基き原告が本件農地のうち一反五畝十歩の引渡を受け現在耕作していること、松川町農地委員会が本件農地を不在地主である〓治ヨシの所有として昭和二十二年五月三十一日買收計画を公告し、被告國が昭和二十二年十一月二日買收令書を〓治ヨシに交付して本件農地が政府の所有となつたこと、原告主張のように同農地委員会が昭和二十二年七月十六日本件農地について賣渡計画を公告したので原告は、同農地委員会に対し異議申立をしたが、同年八月八日原告主張のような理由で却下されたため、原告はさらに同月十六日被告福島縣農地委員会に対し訴願の申立をしたが、同年十月十日原告主張のような理由で棄却され、同月二十七日原告がこの旨の通知を受けたことは、当事者間に爭いがない。

原告は、本件農地買收及び賣渡計画には、原告所有の本件農地不在村地主である〓治ヨシの所有とした違法があると主張するから右農地が原告の所有であるかどうかを按ずるに、証人〓治住治の証言によつて眞正に成立したと認められる甲第一号証の一乃至四、成立に爭のない爾余の甲号各証に証人〓治住治の証言を綜合すれば、本件農地はもと朝倉卯八の所有であつたが、原告先代長五郞がこれを買い受け、同人の甥渡辺平藏の名義としていたところ、大正八年九月十五日長五郞は〓治伊藏から金二千圓を借り受け、その後、その担保として本件農地外二筆の農地を賣渡相当に供し、伊藏のためにその所有権移轉登記を経由したが、長五郞において何時でも元利金を支拂うときは同人に所有権を移轉する約束であつたこと及び長五郞が死亡して原告がその家督相続をし、父伊藏が死亡してヨシがその遺産相続をし右農地の所有権を承継取得したので、原告は右約旨に基いて昭和二十年十一月七日及び同年十二月十五日の二囘にわたりヨシに右元利金五千圓を支拂い、これがために、右賣渡抵当権が消滅したことが認められる。被告の全立証を以てしても右認定を左右するに足らない。右抵当権消滅の結果、本件農地の所有権は、当時施行されていた臨時農地等管理令第七條ノ二の適用を受けることなく、当然直ちに原告に移轉したものとするも、その旨の登記を経由していないことは、原告弁論の全趣旨によつて明かである。しかるに被告等は、原告は右登記を受けていないから、その所有権取得を以て第三者である被告に対抗することができないと抗弁し原告は、わが國の不動産登記法が單なる公示の原則をとつていること及び自作農創設特別装置法の精神に照らして農地買收は登記簿上の名義に拘泥することなく所有権の実体関係に基いてこれを定めなければならないと主張するから、この点を勘案するに、不動産に関する物権の得喪及び変更は登記法の定めるところに從いその登記をしなければ第三者に対抗することができないとするのは、要するに不動産に関する物権の得喪、変更があつた場合にその登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者を保護するにあるのであつて、國が農地を買收するのも、市町村農地委員会が賣渡計画を定めるのも、その目的は自作農創設特別措置法第一條にいわゆる「耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ廣汎に創設し、又土地の農業上の利用を増進し、以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ること」にあるのだから、被告等はいずれも登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者であることは明かであり、又本件のような場合には民法第百七十七條の適用を排除しなければならないとする特別の理由もないので、被告等の本抗弁は正当である。從つて原告は本件農地の所有権をもつて被告等に対抗し得ない筋合であるから、右所有権をその根幹とする原告の本訴請求はこの点において全部理由がないことに帰するので、失当としてこれを棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の如く判決する。

(目録省略)

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